039/365 恵の子

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台湾で地震がありました。

日本だって火山が、大雪が。

それからタンカーの爆発事故。

種子法。

蜂が全国で死んでいること。

気づいてないだけで加速度上げながら、

世界でいろんなこと起きてるかもね。

 

 

あほな小学3年生だって色々考えてつなげたみたいです。

いただきもののチョコケーキ食べながら、

「お母さん、もしかして地球はもうすぐ終わるの?」と。

いや終わりやしないだろうけど、

生き物は死ぬかもね。

ポールシフトあるし…。

逃げられる人は火星に行くんじゃないの?

 

もしかしてお母さん、無限ループなの?

もしかしてお母さん、またわたしたちは原始時代からやり直しなの?

そしてまた戦争して、原発は爆発して、火山が爆発して…

また原始時代に戻るの?

 

そうかもね。

そうかもねえ…。

そうかもしれないねえ。

 

涙目になって見つめられました。

いや、すんません。

こんな母で。

 

 

いや、わかんないけどね…。

わかんないけどとりあえず出かけるぞ。

 

と、ピアノ行くために車のったら、あほな小学生はもう忘れたようだった。

 

そうさ、忘れてしまいなさい。

 

運転しながら思う。

いつも目の前や自分の周囲のことだけしか見てなくて、

自分について悩んだり、人とのかかわりに悩んだりしてたけど、

ここ数年で視点が変わったのか、

もっと違うものが目に入るようになってきて。

ニュースやSNSのなか、流れる「喜怒哀楽」、

自分に向かってくる出来事もすべて現象。

そんな風に感じるようになって、そこにとどまらなくなった。

それよりも世界がどこかに向かって動いていく感覚。

不思議な仕方なさ。みんなの余裕のなさ。

だからこそ叫ぶ人もいれば、ぬくもりを産もうとする人も。

自分が時代にまったくフィットしてないのも感じる。

コメンテーターたちがいう言葉、風潮が

自分の意見とは正反対のことが増えてきて、

同調圧力のようなものに辟易する。

本当のことよりもっと手前で大騒ぎしているみたいな気持ちがする。

これが加齢なのかな…。

 

 

 

窓の外を珍しく静かに見つめていた小学生、

実は忘れてなかった。

 

「お母さん、生まれ変わったらまた会いたいね」

そうだねえ。

お母さん、今度はあんたの娘がいいなあ。

生まれ変わってもまた一緒にいたいなあ。

どんなに離れても見つけてくださいね。

 

でも、

 

今は、だから精一杯いのちを生きてくれ。

いいことも悪いことも夢中で受け止めて生きてくれ。

喜びも悲しみも怒りも絶望も全部味わってくれ。

きっと愛に続くから。

 

どんな思いも出来事もみんな、恵みなんだ。

 

でも死にたくねーな。

やっぱり死ぬの怖い。

 

そのとき後悔しないように、何を大事にするかだよ。

パソコン、スマホの画面みてばっかりな場合じゃないね。

毎日毎日、やさしい気持ちで生きられたらいい。

すべての時間、すべての景色、すべての出来事、すべての人に

出会ってくれてありがとうという気持ちで生きられたらいい。

わたしもう出家したい。

瀬戸内寂聴に会いたい。

いや岡本太郎に会いたい。

 

なんてね。

 

仕事がんばろ。

がんばるよ。坂本龍一聴きながら。

 

終わったら、子供たちと遊ぼう。

げらげら笑うんだ。

 

 

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