308/365 土曜の午後

 

 

みんな寝静まってから、

工事してる部屋にひとりいると

過去、いま、未来が押し寄せてきて困る。

 

スタジオにしようとしている部屋は

実家の建て替えのさいに

父母に使ってもらっていた部屋。

屋根をあげて、欄間と八畳間の壁をとっぱらったら

開放的で居心地よさそうな空間に。

 

いつも父が寝ていたあたりを見ていたら、

ふと思いもよらなかった感情が。

どうしてもっと早く、こうしなかったんだろう。

 

私に気を使って

一日中、部屋の中で過ごしてた両親。

 

こどものころ、あんまり幸せじゃなかったこと

もうとっくに忘れて、許してたつもりだったのに

老いて、頼られると

忘れていた感情がよみがえり。

余命宣告を受けた、がん闘病中の父と

最後の時間を共に生活できることが

本当にうれしかったし、

喧嘩どころではなかったはずなのに。

母の些細な言動に

いちいち、都合よく忘れられている過去を思い出し。

それは伝わっていき、

何かと冷たい言葉が行き交って。

 

そのまま父母は悲しい目をして

弟が建てた新しい家へ。

父にとっての最後の場所は

食堂であった空間も、家も

父の人生全部かけたものが消えた場所でもあったけど

それでも父は、弟の成長を喜んで

静かに死んでいった。

 

まだストーブがないので寒い、工事中の部屋で

オレンジ色のあかりを見つめながら

久しぶりに体育すわりをして

膝を抱えて泣いた。

 

どうしてできなかったんだろう。

どうしてそんな気持ちになれなかったんだろう。

父と母が来る前に改装して、

快適に暮らしてもらおうって思えなかったんだろう。

弟にはそんな気持ちがあったのに

どうして私にはそんな気持ちがなかったんだろう。

 

 

それは、それなりの理由があったんだけど

 

 

だけど

 

今思うとちっぽけすぎる。

 

 

愛されなかったから愛さない

思うように愛してくれなかったから愛さない

 

それがあたしの全てなのかなあ。

そうじゃないよね。

 

もし子供のころ、自分が支えられていたら?

ゆるぎない愛情で。

見守られて安心して育ってきていたら?

ダメなところはダメと叱られても

いいところを親が誰よりも認めて育ててくれてたら?

あんたに触られるのが世界で一番嫌い、触らないでと

手を振り払われたりしていなかったなら?

 

あたしは、きっと

多少のことではへこたれない、

しなやかで強くて優しい子になってただろう。

いつも笑顔で、

心の中があったかい海のようで

いろんなことを面白がって楽しんで

人と分かち合いたいと願う。

 

いつだってあたしはトゲトゲで

そんなものとは程遠く大きくなって

そのまんま、おばさんになって、

でも

出会った人たちが私を開放してくれた。

 

結局、最初から持っていたものは

ずっとそのまんま

原型は変わらない

 

ほんとうは何も変わってない

いっぱい遠回りしたけど

ずっとずっとそれがあたしだった。

それが証拠にいま、

心の中にあったかい海みたいなものが

日々揺らいでる。

あたしはそれに守られてる。

まだまだ子供には還れないけど。

 

どうしてお母さん一人に全部を求めてた?

 

結局、母には死ぬまで通じない物語。

あたしの家を勝手に掃除するという

一番いやなことを、

喜ばれると思ってせっせとやってくる。

そこじゃなかったの、お母さん。

それはあなたのお母さんが、

あなたにしてもらってうれしかったことだよ。

あなたがそうすると、

きっと昔、おばあちゃんが嬉しそうにしたんだね。

ばあちゃんのそんな顔が見たくて

あなた、子供のころから頑張ってたのよね。

あたしは違ったんだけど。

あたしはそれうれしくはないんだけど。

あたしをお母さん代わりにしないでください。

母として優しく見つめて欲しいのに、

私を認めてって、迫ってこないで。

 

でも、もういいか。

うちが汚いのは確かだし。

 

そしてあたしも、お母さんが喜ぶ顔みたくて

仕事頑張っていたんだよね。

外で働いて活躍できないお母さんの期待背負って。

 

 

でももう自分のために生きてる。

好きなように生きてる。

あったかいものと共に生きてる。

 

体育すわりのまま、目を閉じて、深く深く、

何も傷ついてないあたしをイメージする。

ピンクの柔らかいものに包まれて、

まるいまるい光みたいな。

それが海の上に浮かんでいる。

そう、

うまくやれなかったことは過去もいまも

山のようにあるけど

 

 

傷なんてどこにもない。

 

 

 

いつものように、バケツ持った母が来て

こわごわと私を見つめる。

髪が伸びたといって、気にしてる。

久しぶりに髪を切ってあげようか?と聞く。

そういえば20代からずっと切ってあげてた。

嬉しそうな母。

切っている間、顔に保湿パックをしてあげて

髪にブラシあてて、きれいに見えるように

カットしてあげて。

そのまま、イオンにご飯を食べに連れていき、

母とちびこはたくさんパンをおかわりして、

満足そうにしていた。

ふと母が、あんたきれいになったねといい、

美郷さんから教わった保湿の大切さを話すと

化粧水を買うという。

 

二人でイヤリングを見て、

お父さん死んだからもういいかなと思ったけど

やってみようかな、と母。

明るかった外は暗くなり、実家に送り家に帰る。

 

あなたに触られるのが一番嫌いと言っていたこの人が

わたしを好きでたまらないってことを

受け入れられそうな気がした土曜の午後。

 

 

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