夏の終わり

f:id:life-history-mushroom:20190829210653j:plain

昨日、信金さんと保証協会の方がいらして、

起業してから現在までの流れを報告する時間があって

 

この半年以上、何をやってたの?って見られる怖さから

過剰防衛でお迎えしたわけですが、

なんのことはない

むしろ、困ってることがあったら力になりますよって

そんな面接タイムだった。

 

それでもやっぱり、昨年末に掲げた目標金額に

到達する見込みがあるかと問われ、、

まったく理想には届かない現実。

 

 

 

でも、なんのために、

ライフヒストリースタジオマッシュルームと名付けて、

何をしたかったのか、

今年の前半は何をしていて、これから何をするのか

話しているうちに、よくわかった。

何も形になってないようでいて、

挑戦もたくさんして、自分なりのコンセプトに沿って

動いてきていた、振り返ってみれば。

…自分なりのコンセプト。

それはストーリー。

 

太田分校を太田町から失くさない「太田分校応援プロジェクト」。

トラウトを愛してる人たちに、トラウト愛を届ける別冊本「トラウトステージ」。

まちゃこや、大好きな人達と花ひらこうと始めた「hanaひらく」。

町内の各世代の心のつながりをどうにか繋ぎたかった「さるやまプロジェクト」。

トラコちゃんの写真を、寝たきりの旦那さんに届ける撮影。

高校や中学校吹奏楽部の想いを届ける、ポスター作りや動画制作。

動物愛護の施設作りに尽力したアロマスクール・ルベールさんの想いを届ける動画制作。

娘が通い、わたしの母校でもある小学校の50周年記念誌のレイアウト。

着物アレンジ和~夢の集大成ともいえる、思いの詰まったイベント開催にあたってのリーフレット制作。

ああ、そうだ。二月には秋田の名工のパーティーの裏方もあった。

これからの理容美容業界が少し変わっていくタイミングでの。

そして、歌うことが大好きな、

秋田の短大生シンガーソングライター梨湖ちゃんのCD制作もあった。

ひとりの女性の今までとこれからを描きたい「dress」撮影も。

そして「豆と味噌の学校」。

 

有償無償入り混じって、この8か月も、この先もまだまだ駆け抜けないといけなくて、ちゃんと、やりきれるのか怖くもなる。

 

断り切れなくて手を広げすぎたわけでも

出来ると思って出来てないわけでもなく

(自分のストーリーでないものは淘汰していくけれど)

やらなくてはと必死なわけでもなく

何かから逃れたくてやっているわけでもなく

かといって、

思った通りに、描いたとおりに

結果を得られているわけでもなく。

 

 

では、なぜ。

なんでこうしてるだろうって。

 

そういうラインに乗せられてるからだ、と思う。

見えないそんな流れがあって、

いまはそれをしなくちゃいけないような。

それがどこに通じるのか、何もわかってない。

それでもやらなくてはいけないんだ、それだけはわかってるような。

 

なぜか現れる助け人たち。

日々のスケジュール、組み立てるのが何よりも苦手だったわたしに、手帳術を伝授してくれる先輩や…日々の苦しみ、幸せ、なんでも毎日毎日話せる友達…。どんな撮影でもついていくよって、無償で同伴して機材もってくれる古希の先輩。何があってもイベントを手伝ってくれる仲間たち。そして本当の強さを教えてくれる、不自由な体でいつも愉快に笑ってる友人の存在。

 

ちびこの部活も、ちびこの学校の問題も

地域のボランティアも

大学生の仕送りも…

普通に頭も心も財布も痛いけれど

 

それでも必死ではなく、本気でやれてるのは

本当に本当に幸せなことなんだろう。

 

だけど…

この夏はしんどかった。

 

 

しんどくて一度だけ子供みたいに泣いた。

 

おさななじみと仕事していたら、ふっと子供時代の話になり。

 

 

それは

家の中でわたしが引き受けていたスケープゴートの話で

 

正直、もう何度も何度も乗り越えていたはずの

自分のなかの根深い記憶で

 

 

んがいったものは(あんたみたいな人間は)

クソのあてにもならない。

クソだって肥料になる。

んいがいったもの(あんた)、そのクソ以下だ‼

 

と、閉じ込められる押し入れの記憶と

どんなに許しを乞うても開けてもらえない

誰も助けてくれない

見捨てられる恐怖と無念さと自己価値のなさ

 

暗闇の中で泣き叫んで

泣きつかれて

これが現実なんだ

わたしは

何をどうしても愛されない

と、体に刻んでいく感覚

 

もしもこの襖があいたなら

全力で

お母さんに気に入られるために、嘘をつこう

ごめんなさい、わたしが悪かった

と誓って、

 

そして土下座をしてしまう自分を

心底嫌いになり

 

その怒りは

大人になって、少しずつ癒えるも

いまだ集団のお母さんたちが怖かったり

当時の母によく似た人が

怖くてたまらなかったりする。

 

 

夏休み中の小学校での先生との面談や

遊び相手のいない、ちびこの夏休みの生活

部活の送迎

慣れない久しぶりのお母さんたちとのやり取り

親しい人とのやり取りの中での言葉のすれ違い、

想いのすれ違い、現実のすれ違いや

思うように進まない編集作業、

結果を出せない自分への苛立ち

 

いろいろなことが積み重なって

 

クソの役にも立たない自分が

無力な自分が

そこにいて。

 

 

気づけば、幼馴染の前で弱音を吐いていた。

すると彼女は意外なことを言って

 

あの頃、一恵ちゃんが悪いんじゃないって

思ってた人は案外周りにたくさんいたと思う。

 

 

昔、わたしは恥ずかしかったのだ。

わたしだけ周りの友達の前で辱められ、

しょっちゅう、家の外に出され泣いていたその声を

みんな知っている、でも助けてくれないのは

わたしが悪いからだ…

そう思っていた。

 

だから、不意をくらって

わんわん泣いてしまった。

 

 

昨日今日大人になったわけではないから、

母の当時の気持ちも

もうとっくに理解できるし、

この人はそういう人だってよくわかってる。

飲み込んだつもりだった。

それも、何度も。

 

 

幼馴染は続けた。

 

人とのかかわりって、結局

親子関係が全部影響してるよね。

恋愛でもなんでも人間関係が上手くいかないときは

親とうまくいってない何かがあるから。

 

そう、年末に母と喧嘩して以来

自分のなかで許してない何かがあった。

 

幼馴染の家を出て

少し考えて母を食事に誘った。

娘たち2人とあわせて4人でランチに行くことにした。

 

母はうれしそうだったけど

わたしをいつ怒らせるかと気を遣っていた。

いつもは外食に行っても、

家で食べたほうがマシだったな、

と言うのだけど、さすがにそれは言わなかった。

クルマから降りても

ありがとうって最後まで言わなかった。

 

 

ちびこの夏休みも終わりに近づいて

長女が東京に帰ることになり、

秋田駅に送る道すがら、ちびこの剣道の試合までに休みがあるなら

東京に来い、東京に来い、という。

仕方なくその夜、高速バスにのり東京へ向かう。

行ってみると、朝に弱くて

いつも待ち合わせに遅れるはずの長女が

待ち合わせ場所に早々いて、

ちびことわたしを、自分の連れていきたい場所へ案内し

誰よりも嬉々としている。

その夜、長女はわたしは幸せに暮らしてるよと、

自分の生活を見せてくれ、

バイトも始めたし、仕送りも減らしてくれていい

進路は…就職は来年しないと思う。

でもなんとかやってくから大丈夫、と言われる。

 

普通の親なら

ちゃぶ台ひっくり返していいのかもしれない。

どんだけの学費…お前…

と、5分だけもがいて、わかった。と納得する。

自分の人生、自分で責任取りなさい。

これまで頑張ってきた自分に恥ずかしくないように。

 

帰りの道すがら、ふっと思う。

ものわかりのいい母親づらは、

自分の母への当てつけかもしれないなと。

 

こうでなければ絶対許さない

 

その枠にどうしてもハマり切れずに

悪いことしてないときも

罪悪感の塊として生きてきて

 

それがなかったら、普通に

ちょっと変な女の子でも居場所があったかもしれない

 

 

家にもどこにも居場所がなかった自分は

いま

同じように居場所がない私のような子供やちびこが

生きられる場所を残そうとしたり、

自分なりに創ろうと四苦八苦している。

 

オセロのゲームが黒から白に

なっていく最中なだけ

 

 

 

全部、それでよかったんだ。

わたしのせいではなくて

母のせいでもなくて

 

全部、決まっていたことだったんだ。

 

 

その翌日、ちびこは部活の大会で

疲れた体で試合にのぞみ、

コテンパンに負けたのだけど、

強化チームの練習があって、なぜかその現場を

見せてもらえることになった。

とても短い限られた時間のなかで

強い選手たちが、先生の胸を借りて

掛かり稽古をしてもらっていた。

ものすごい迫力で、先生たちも手加減なし。

その様子を見ていたちびこが、モジモジしはじめる。

目の端でそれをとらえながら、黙って練習を眺めていた。

「お母さん…お母さん」

やっと、ちびこが思いを言葉にし始める。

「お母さん、わたしもやってみたい…」

私を動かせようとするのを無視して、

「自分で先生に頼んでみなさい」

と、心を試す。

しばらく迷っていたちびこが、やっと意を決して先生の所へ行く。

「わたしも入ってもいいですか?」

先生は無言で頷いて、素っ気ない。

正直、一番へたくそなちびこが入ることで

選手のみんなの時間も減ることになる。

それをわかっていて、

それでも自分からその輪の中に飛び込んでいった。

よし、と思った。

とはいえ、先生は思いっきり手加減してくださってた。

そして、

「よく勇気出したな、その気持ち忘れるなよ!」

と最後に声かけてくださって

その瞬間、ちびこは号泣していた。

「ありがとうございました」

と、深深と頭を下げていた。

 

そして、夏休みの宿題は終わってなくて

登校日の朝まで親子で対応に追われ、夏が終わった。

 

 

部活があり、迎えに行く準備をしていると母が来た。

手にハンバーグをもって。

これ作ったから、ちびこに食べさせてあげて、と。

そそくさと手渡して、玄関から出ようとした瞬間、

「こないだはごちそう様。ありがとね」

と言って、去っていった。

 

 

 

長い時間の流れのなかを、いい時も悪い時も

ただ歩いてるだけだ。

いつも、結局そこに落ち着くんだな、

と思いながらクルマに乗ったら、

カーラジオから

加山雄三の「君のために」という曲が流れてきた。

 

父が大好きだった青大将。

ちがう、それ田中邦衛だ。

若大将ね。若大将。

 

いつも風呂でわたしの体を洗いながら歌っていたな。

あ、でもあれは「君といつまでも」か。

その曲じゃないんかーい、と

天にツッコミ入れたくなったけれど

流れてきたその曲は、とても素敵な曲だった。

男の人が出会った女性をとてもまぶしく思い、

心から愛してる歌。

 

 

涙が出てきた。

 

 

わたし、お母さんにそんな風にいて欲しかったんだな。

愛する人の子供を育ててることが

幸せでたまらないって

そんな風に

生きててほしかったんだな

 

そして私自身も誰かから

そんな風に愛されていたいんだ

 

 

たくさん、たくさん飲み込んでもなお

ここまで歩いてきた私に

その資格あるって

思っていいよね

 

自分にそう言い聞かせた。

 

 

2019の夏も終わる。

 

youtu.be