021/365


椎名林檎 – 人生は夢だらけ

 

濃い一週間でした。

 

nexusという言葉がぴったりな。

過去や現在、未来が交差し連鎖していくような。

新旧入り乱れて人に会い、過去からの積み重ねたものがある到達点に。

そこへ自分以外の人のいろんな歴史も入り交じり、

違いもつながりも、深く己のエッジを浮き立たせるような。

まあそんな印象的な一週間でございました。

 

 

今日も胸に音たてる瞬間がありました。

 

枯れてしまった木を伐採した写真を見ながら

ある人が言った言葉。

 

 

なぜ切るんだろうね。

哀れな姿をそのまま残せばいいのに。

そしてみんなで考えればいい。

切ってしまえばなかったことになる。

それは思考停止を生み出す。

なかったことにして見栄えをよくすることで何の得がある?

何も生まれない。

どうしてこうなってしまったのか、

どうしたら、こういうことが起きなくなるか、

考えることからすべて始まるのに。

 

なんでも時間をかけることさ。

子供のように考えるんだよ。

どうして?

なぜ?

どうしたら?

仮説をたて実験して、失敗して答えにたどり着く。

一見遠回りに見える、それが一番の近道なんだと私は思うんだ。

 

この生活が楽しくてたまらない。

いつまでもこうして生きていたい。

すべてがここにある。

時々、運悪く迷い込んでくる人に出会い、

その人とどこまでの付き合いになるか、実験のようで面白い。

自分は純粋すぎるから、人からたくさん嫌われるけれども

それでも人として相手へのリスペクトは絶対に忘れない。

 

 

そんな熱く語るそばで奥様が旦那様を見つめてほほ笑む。

女神のように。愛しくてたまらない子供を見るように。

ああ、子供のころに見たかったものは、これだ。

 

尊厳。

 

自分を愛するがごとく、

相手も世界も、この世の生き物も川も山も海も…

すべての尊厳を侵さない。

 

 

わたし、もっとよく考えよう。

もっともっとよく。

現実ではこの足で世界に立ち向かうように立ち、

転んだり立ち上がったり、

歩きながら心の奥を深く旅しよう。

多少の傷なら誰の心にもある、もちろん私のこころにも。

傷に貼ったばんそうこうをべりっとはがした奥に

潜むように拡がる湖のような深い何か。

そのことをもっとよく考えよう。

 

自分にとっての生きるということの本来を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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きのこの還る場所 018/365

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森に住んでるご夫婦から連絡があり、急きょ車をとばしました。

パソコンのSOSでした。

お二人に会わせたい人がいるんです…と連絡しようと思っていたので願ったりかなったり。そのお話もしつつ、お二人の生活や活動をこれから数年かけて撮らせていただけませんか?とお願いしてみたところ思いっきりお断りされ…。そんなことよりちょくちょく遊びに来てください。一緒に森で遊びましょう。わたし達にはそっちのほうが大事です、と。

 

そうです。わかっています。だけど…と言いかけて躊躇。

まあ想定内でございます。諦めません。何度も伺いますとも。

 

旦那さん、たくさんお話なさる方で…。

伊藤さん、あんたは検察官なみの取り調べ力だね。気づけば全部喋っちゃう。

すごい尋問力だ!

と、からかわれましたが、いやいや、わたし殆ど質問してません、目を見て頷いていただけですよ…笑

 

毎度お会いするたびに、映像が浮かびます。

旦那さんが見ている世界。

加速度を増して壊れていく自然。

嘆き、焦り、憤り…そんなものを抱えながらも、諦めない。恨まない。投げ出さない。

笑顔で次の局面を信じている。

相手がえらい人だろうが、私のような何も知らないものだろうが、態度も変えずまっすぐ、たった一人の深いところに繋がればその周辺に何かが生まれる。それが少しずつ輪になって、いつか奇跡になる。それを信じてお話をなさってる。

全国を走り回り、どれだけの人に会っているかわからない、通り過ぎていく人が多いなか、それでもあきらめず森とともに生きている。

 

木や虫の声、動物の歌、季節の足音、暗闇のたたずまい…。

日が昇り、葉が揺れて、雲が流れ、日が陰り、星や月を眺め、森と遊んでいる。

こんなに楽しいものがあるのに、こんなに豊かなものがあるのに。

けして、失ってはいけないものがあるのに。

なぜ。

 

子供たちを森に案内するとき、絶対に行先も答も遊び方も教えない。

自分で考えて自分で体験して、自分なりの答を出すように見守るその人にわたしは愚問を。

 

世界はこれからどうなってしまうんですか?

たくさんのお喋りがピタッとやみ、その顔には問いかけるような笑みが。

少し黙って、そして言った。

「伊藤さんのこれからが楽しみだね」

 

ああそうか、その答えは自分で見つけ、作っていくしかないのか。

どんな世界にしたいのか、わたしもこの世界で生きているのだから。

 

 

今日もご夫妻の子供みたいに、ご飯をご馳走になって。この二人の前にいるとき、不思議にありのまま。どこの誰かもあまり知らないはずなのに何もかも見通されて。体調を崩している神奈川の娘のことをちらっと考えていたら、無農薬(に近い状態)のリンゴを持たせてくれた。むすめさんに送ってやりなさい、と。

 

自然も人も、あるがままをそのままに愛しなさい。

たとえどんなに醜い自分でも。

たとえ自分を嫌っている相手であっても。

その命の輝きを感じ取れる人間になりなさい。

ありのままの美しさを。

山のものは山のもの、海のものは海のもの。虫は虫、鳥は鳥。

比べることはできない。

 

いつもそう無意識でメッセージ。

そしてまた背中を押されて、わたしは居場所に還る。

子供のころからずっと探してたものを二人のなかに見ていることの奇跡。

 

 

その二人をどう描くか、その方法も探しながら、

でも、いまは頂いている仕事にまい進、まい進!

これから数年かけてオトナになりたいと思っている。

そのうえで自分史上最高に自分に還るつもり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしを忘れないで 015/365

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咲き誇る華やかさ、散り際の潔さから日本では「優美」「精神の美」「純潔」という花言葉を持つ桜。

が、フランスでは「私を忘れないで」という花言葉をもつのだそうです。

Ne m’oubliez pas

なんて読むのかわからんけど…(;'∀') 

 

中学生のとき、大きな川を渡って歩いて40分以上の学校に通っていました。

桜並木でわりと有名な新屋という土地で、春は花びら、初夏は毛虫を避けるため、晴れていても傘をさして歩いたりしていた。わたしだけかも知れませんが。

その後、20才まで新屋という地区で学生生活をまっとうします。

 

高校を出てから、美術系高校の専門課程に入学。本当は歌がやりたかったけど、そこはモラトリアム。時間稼ぎのためにバイト代で授業料が払えるその学校へ。秋大の方々やスタッフというスタジオの方とのバンドを掛け持ちしながら腰掛けの気持ちで通い始めました。今思うと残念な選択です。自分にとっても学校にとっても。

が、そこに通い出した途端、息がつけるというのはこういう感覚か…と思うようになりました

小中高、窮屈だったのが、気づけば不思議な人に囲まれていて。それぞれの個性を絵やデザインにぶつける、それまでとは違うものが求められる世界。ほんとうに自分の魂からそれが出ているのか? 一瞬で周りにバレてしまう。向き合っても向き合っても何も出てこないときの焦り。そんなスランプのときに限って親友がインスピレーション絶好調だったり。その作品をみて完敗し、自分とはなんだ?自分の絵ってなんだ?と考えたり。遊んでばかりのようでいて大事なことを考えていた時期。とても濃い2年間を過ごしました。今では通って良かったと思っています。

 

そのときの仲間とは今もつながっています。ただ、輪の中心にいた一人は死にました。

 

亡くなった彼女からもたらされたインスピレーション、イマジネーションは、特別なものでした。彼女が絵を描く姿が本当に好きで魂がワクワクしました。ケンカもいっぱいしたけれど、わたしは目の前で彼女が生きてることが幸せでたまらなかった。不器用でへんてこりん、でもどこか純粋で。いろんなこと抜きに彼女の存在が好きだったのです。彼女のそばにいると自分も息ができる。そんな感覚。

 

死ぬ前に彼女が言いました。

新屋という場所がなんとなく怖いんだよね。

どうしても怖いと言って、卒業以来あまり新屋に足を向けなくなった彼女。なのに嫁ぎ先のおうちのお墓は新屋にあり、彼女は春になるのを待たずに病気発覚から4ヶ月でそのお墓に永眠しました。

 

 

わたしは弔辞を読みました。

遺影を見たらだめだとわかっていたのに、途中でふと見上げてしまった。式場で一度も目に入れないようにしていたのに。遺影の中の彼女は、いつもよりすましていて、普段の彼女っぽくなかったのでした。それも全部含めて言葉にならない感情のかたまりがお腹の底から出てきて、弔辞の途中で涙を流してしまった。嗚咽を必死にこらえて無言で1分。そして何もなかったようにまた読み始めた瞬間の気持ち。

今でも思い出します。最後のお別れを精いっぱいやり遂げたいと思った気持ち。

 

あれから、干支が一回りして数年。

わたしの人生にもいろんなことがありました。その間、彼女からのサインが何度か送られてきました。はじめは弔辞を読んだ夜。彼女はコントラストの激しいグレーの世界で岩の上に座り苦しみ切った顔で私に向かって何かを言いました。そこから点々と段階を踏んで夢の中に現れていましたが、とうとうそんな夢も見なくなった。

 

最後、彼女は笑っていました。明るい空の下、気持ちのいい風に吹かれながら花のようないい匂いをさせて。ふわふわ飛ぶように歩きながらコロコロと笑い、ボブの髪が揺らしながらアホでも見るような顔をしていったのです。

 

「もういいから。もういいんだよ」と。

 

そして笑って消えていった。

 

 

彼女に触発されて描いていた絵も描かなくなり、体の中にあふれていた音楽も長女が生まれてからサッパリ電流が流れず12年以上。

気づけば、手にカメラがあり、写真を撮っています。まったく思いもよらなかった。
そして、誰かの個人的ヒストリーを形にするというこの仕事が残りました。

 

 

他の人にはさっぱりわからない個人的ストーリーだとわかっています。ですが、あの地点を通り過ぎる前の自分と今の自分では180度違う。どんなに戻りたくても戻れない。はしゃぐ自分が永遠に消えたような。それは年とは関係なく。

でもあの地点を通り過ぎたからのいま。
時々、あるんだと思います。出会ったことにより何かが大きく変わってしまう存在や出来事が。

 

 

この10数年、心のどこかで自分だけ幸せになることが赦せず、また失うことが怖くて人を遠ざけてきたけれど、そうではなくてきっと。

 

あなたの人生に幸多からんことを。

ただただそう願ってくれている。

 

これからも人と出会い、どんなストーリーが生まれるのか、死ぬまでに何を交わせられるのか実験しながら生きていく。ただそれだけを繰り返していく。

 

 

あなたの人生に幸多からんことを。

わたしもただただ、出会った人に心からそう思えるように、そんな生き物になれるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

013/365

冬休みも残すところあと一日…。

さて。

宿題どうするのかな、次女よ…

本人の言葉を信じたふりしてきたここ数週間。

お母さんのチェックが入ります。

おお!

おお!

家庭学習、やったやったと言ってたけど

3ページしかやっとらん!

天使の様な笑顔で嘘つけるって、

大したタマだな!おい!

ま、想定内ですが…。

ということで、午後からずっとひたすら勉強してます。

そんな私は、今日の午前は子供会の臨時総会。

役員は終わったものの、なんとなくバックアップ体制で参加しております。要は古いやり方のまま世襲してきたものが立ち行かなくなってきて端境期を迎え…時代に沿って大々的に変革をしようという流れに。やらされてる感でしかなかった活動にイキイキとしたつながりを息吹かせようとしています。そんな空気をなんとか地域に根付かせたいと。

本当のピンチまでには数年余裕があり、実は無関心で通り過ぎることも可能。なのに身を削って声を上げてくれた人がいたのでした。自分も同じ様な危機感を感じていたので、縦の方、つまり町内側に助けを促した矢先、縦の前に横を!と、熱く説得され、感動しました。なぜ自分はそっちは諦めていたのか…結局はまだまだ根強く自分の中にあるママ友恐怖症。横が怖くて逃げてたんですけどもね。

そこから一人二人と仲間が増えて、変革の必要性を感じてる父兄が、子供会世帯数の4分の1まで広がった様な気がします。

気の合う仲間だけで場を共有するわけではないので、いろんな意見や反応があって当たり前。その中で大事な指針を共有し、活動を共にし発言もして責任もとる。その場だけ合わせて共感してるフリではなくて、率直な意見を交わしながら、相手の考えも受け入れて答えを出して行く。

けっこう当たり前のことなのに何故かそんな空気じゃなかったのは何故だろう?自分からもみんなの口からも出てくる、出しゃばったら申し訳ない…という言葉。これ、秋田はものすごく強い意識なのかなあと思います。昔、県外にいた時は通用しなかった。PTAでも仕事でも、みんな意見を積極的に交わして自己アピールバンバン!モジモジしてる私なんかは、完全になめられました。なめられるならまだしも、できるのにやらないという発想自体がない感じで、逆に怒られた。その代わり弱肉強食。だから場が活性化するんだなあと、エネルギーの強さの違いをまざまざと感じました。

話はそれましたが、この数ヶ月、子供会に対して冷めてた人が熱く目覚めて本来を取り戻す姿とか、本当はやりたかったけど仲間がいなかったので我慢してた人がイキイキとしてくる姿とか感動も多いです。いいことばっかりではありませんが、少しずつオセロのコマがひっくり返っていく嬉しい感覚はあります。

一人の力には限界がある。

でも輪が出来れば、一人ぼっちより大きなことが成し遂げられる。

でも一人の呼び声は、確かに誰かに届く。

そんなことを思った今日でした。f:id:life-history-mushroom:20180113181401j:plain

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マッシュルーム、いや毒きのこ。

youtu.be

 

皆さん、いろいろと子供時代の記憶っておありでしょうが…わたくしは子供時代を振り返ると、いつも泣いていた記憶ばかり。押し入れの中、小屋の中、布団の中、宿題をひろげた机の上、学校のトイレ…家では怒られ、友達とはケンカばかり。

 

 

なんか最近、仮同居していた父母が去ったら色々思い出していました。

 

長い休みに入ると、田舎のばーちゃんが迎えに来て夜汽車に乗って連れてってくれました。駅前のヨーカドーでほしいもの何でも買っていいよって。だけどばーちゃんに悪くて、一個だけしか選べなかったなあとか。それを手に持って、ばーちゃんと夜汽車で、ビニールみたいな容器に入ったお茶を飲んで、みかん渡されて。ガタゴト揺れながら、ばーちゃんの匂い感じながらウトウト。そんな記憶がありありと浮かんでくる…。

 

いまだに夜の電車を見ると、汽笛が聞こえてくると、はたまた夜の新幹線から見る景色…何か蘇るものがあります。心細いような自由なような、切ない気持ち。

 

ばーちゃんちは、どっぽんトイレで悪臭で、たまにおつりが来たり。それは衝撃で。

でも腕をふるった料理が、とても美味しくて。たまに背中にしょってる、タヌキの毛皮の毛が入っていたけども。そんなの構わないぐらい美味しかった。

シュンシュンなるやかんの音、夏のセミの音、家の前の川の音がうるさくて眠れなかったこと、魚の焼ける匂い、うちでは食べたことのない川魚の味、不便なお風呂、家と違う匂いの布団、カチコチなる柱時計の音、ばーちゃんちの周りの迷路みたいな町内、

お手伝いさんが住んでいた小さな小屋、(知らない男の人が出入りしてた子供にとっては謎の事件)ものだらけのばーちゃんの部屋。

母親が扱い辛くて辟易してる子供なのに、ばーちゃんにとっては、まるごとの存在であることが嬉しくて。どんなわたしでも。ばーちゃんのほうがよっぽど変人で、アリだよ、全然アリ。なにやってもそんな顔して、クシャクシャの笑顔で笑ってくれたもんでした。

 

 

山によく連れていかれ、きのこを採ったのです。突然、目の前でパンツさげて用を足したり、熊がこないように大声で歌ったり、歩くたび、わーっしょって叫んだり、かと思えば、はぐれて姿見えなくなったり。牛のフンを踏んで、ばーちゃんも見えず、途方に暮れてると突然現れておにぎり食うか?と、渡されて。ばーちゃん手汚いよ…でも言えなくて、黙って食べて、でもやっぱり美味しくて。

 

まあ、ばーちゃんが波瀾万丈な人生を送ったのは、子供心にうすうす感じていたのですが、どこか不器用に自分を貫く姿勢に救いを感じていたのは確か。

四角い箱の中に入りきれなかったらそれでいいよ、と。人のこととやかく言うやつがバカなんだ!と言い放ちながら、どこか寂しそうだった姿。

 

 

 

おととし、起業を頑張ってる友達たちに影響され、遠藤貴絵さんから事業のブランディングをしてもらったとき、名前をどうするのかと聞かれ、自分がやりたいこと(個人のヒストリーを映像化、思い出の写真を使った本、遺影写真)の原点ってなんだろうって考えたのでした。そしてたとえば事業をやっていくなかで、踏みこたえなきゃいけないピンチや、思いもよらない辛いことが起きた時も、それを思い出したら乗り越えられるような、そんな自分自身の思い出がつまった名前にしようと、そう考えて。

 

振り返ったらそこには、きのこ。

 

ばーちゃんもわたしも、似ても焼いても食えないよーな、そんなところそっくりで。そうだ、毒キノコの看板しょってこれからは行こう、と。

それがライフヒストリースタジオマッシュルームの由来です。

 

 

 BGMは「あなた」ですが、あんまり関係ないです。

でもいわゆるソウルメイトみたいなものに出会うと救われる思いがするってことかなあ。この曲も。上手に息ができる関係に出会ったとき、魂が生きてくる感じ。 自分がやるべきことを思い出す感じ。そんなことを思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

セルフサティスファクション 007/365

あーきた!

きたよ、これはきた!

ことしのテーマ、なんかモヤモヤカタチにならなかったんですが、ようやく降りてきた!

ことしは!

普通に商売としてプロに徹するものは徹し、

共同作業は調和に徹し、

自分なりを発揮していい場所では これまで以上に遠慮なくだ。

どれかだけを選んで放棄しているようで、

実はどれも手放していないみたいなのはダサいよな。

人のせいにしたり、

八つ当たりもナシね。

自分の問題と他人の問題をごっちゃにするのもナシ。

自由と責任を全うすること。

んだ 。

だから自分の世界では、もう完全に好きにしよう。

変態も変態のまま。

誰かに分かって欲しいとかなしね。

媚びない、

退かない、

省みない!

オーヤマファームさんいいこと言うわー!

50までにはダサいの卒業しよう、

そのためのセルフサティスファクション。

「伊藤!

エースをねらえ!

はーい!

博物館のキノコに誓います!

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006/365

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一昨日の夜から昨日の昼まで、 最終編集をしていた動画。 「ジャーキングスピリット5」 東北のカリスマ釣り師、佐藤偉知郎さんのDVDデス。 今月25日、釣り東北社より発売予定! サクラマスって、そんな簡単には釣れないものなのに、イチローさんの姿みてると簡単そうに見えてしまうのがマジックです。 3河川で六本のサクラマスとやりとりする姿は、 まるで命のダンスのよう。 そんなイメージをラストシーンに込めました。 今年も取材で撮影できて光栄でした! まだ若かったころは偉知郎さんにあってもキンチョーして、目もろくに合わせられず逃げていたけど、今は一期一会だと思って、しっかり目を見つめて何を聞かれてもまっすぐ答えられるようになりました。 どうせ何もかもお見通し。 まっすぐ目を見て、会えて嬉しい気持ちや感謝の思いを無言で伝える。すると偉知郎さんの鋭い目力の奥から、慈愛が溢れてくるのを感じる。 一年に一度会うだけで、自分がちゃんと生きてきたかどうかのバロメーターになる、不思議な時間。 さて。 完パケに向けて、まだまだやることあります! なんとか偉知郎さんを唸らせることが出来るようになりたいっ!
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