103/365 シンクロニシティ

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ある日、ハートを開くと決めて

それからもう3年目になりますか。

いろんなことがありました。

2015まで、心の中に氷山の塊がありました。

が、初めて会った人の何気ない一言。

「もう2人分生きなくていいよ」

身近で死んだ人の分も生きようとして

張り詰めていたのを初対面のその人に見抜かれ、

ずっと誰かに止めて欲しかったと気づき。

以来、溜めていた何かがドーッと溢れ出て行き、

その空きスペースは12年ものの広さ。

開いちゃったハートは、

いろんな出逢いを引き寄せ

佐沢さんという、

相手の流れが見えてしまう友達ができ、

男鹿がゲートだよ。真山に言ってごらんと言い。

そこからが第2章。

YOSHITAKA SUZUKIさんや、

なまはげ郷神楽の小林さん、

三味線の浅野さん、

ギターの本間さんとの五社堂行きがあったり

真山で自然を守るご夫婦に出会ったり

若美のお仕事いただいたりと、

まあ不思議なことが。

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そうこうするうちに、

今度は佐沢さんから年始の唐松神社にお呼ばれ。

気づけば大曲のお仕事が入り、

太田町にご縁ができ。今度は大仙?と。

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何が言いたいかっていうと、

スピリチュアルでお仕事もらえるって

話ではなくてですね。

求心力ってありますよね。

ハートを開き始めた頃は、

それで叶っていくことが沢山あり、

嬉しくて面白くて、

それが全てだと思ったぐらいですが、

ある段階まで来たら違う景色が見えてきた。

というか、私の場合は

それでは立ち行かなくなった。

そのあたりを境に、出会う人が変化し、

なぜかみんな同じことをしてくれるのだ。

おもてなし。感動するほどの。

ご本人たちはそんなつもりじゃなく

誰に対しても当たり前にやってること。

相対したら、

相手の話をちゃんと聞き、自分の言葉も贈る。

わからないことはわからないと言い、

邪推しない。決めつけない。

自分なりの心づくしのお料理。

礼儀は割愛しても、

その人のためにお茶をたて、

同じ時を味わう。

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うーん、うまく言えないけど、

すごく尊敬してる、

お仕事でお世話になっている

吉野さんがおっしゃってたこと。

相手のために本当に的を得た

用途提案が出来れば、

黙っていても選ばれる、と。

それって、主役以上に

その主役のことを知ってないと、

理解しようと思わないと出来ないこと。

別な言葉に言い換えてみるなら、

提案する側に愛がなければ出来ないことだ。

一見、相手が言うことに全て同意する、

本心は違っても共感することだけが

愛のような気もするけど、

もちろんそんなことはなくて。

そうじゃなくて。

何が言いたいか伝わるだろうか。

最近、不思議なことがますます増えて、

真山のご夫婦から、名刺を見せられて、

この青年に会ってみて!と言われ、

会ったこともない人で、

誰ですか?って思ってたら。

勉強会に来れなくなった人の代わりに急遽

佐沢さんが連れてきてくれた方が

その青年で驚愕。

それも何かの縁なので、

町内に働きかけ、

会館でワークショップを開けることに。

町内も五月からの会館の開放日に

何かやってくれる人を探していたそうで、

渡りに船。

他にも不思議案件があって、

真山で偶然ご一緒した本荘の養蜂家の方が、

ミツロウをくださってこれを生かしてくれと。

あなたに授けるから、

私の願いを叶えてくれと。

それでブラブラ太田町で遊んでいたら、

ミツロウを欲しがってる方に会う。

そうやって預かったもの持ち歩いていると

何かしら渡すべき人が来る、不思議さ。

養蜂家さんの望みは

もう1つ違う意味合いのもあると感じてる

子供とお母さんたち喜ばせたいんだ、きっと

それを感じてしまったからには

その望みを叶えることに

これから私は出逢うだろうと思ってる。

まだ何かは知らないけど。

他にも色々とありますが、

なんというか、

何が言いたいかって、最近の自分は

なんとなく心で求めるとうまくいかず、

どれだけそういうものから離れて、

無心で橋渡し役になれるのか、

というお題を持ち歩いてる。

なぜかは知らないが。

場が、人が、

求めてるものがなんなのか

心でキャッチできるか。

相手から好かれるためでもなく、

認められるためでもなく、

自分が満足するためでもなく、

ただただ、

その時々のコンディションに応じ、

どれだけのことがやれるか。

求心ではなく、無心。

全然やれてない現実と向き合いながらも、

自分なりに1つ1つ形に。

目に見えないご依頼が仕事、みたいな。

いやしかし、稼ぐお仕事もがんばらんと

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090/365 マイヒストリー

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3月上旬。

今年、全精力を注ぐつもりだった仕事がなくなりました。

わたしの本職。

人の一生を形あるものに変えて残すこと。

無粋な仕事だとはわかっていますが、

目に見えないままのその人だけのストーリーを、

少しでも本質を感じ取って創り上げること、

そしてお客様が周囲の方々と共有できる形にすること。

遺影写真、部活の記録、古希の記念本、成人式撮影、プロフィールムービー、いろいろあります。

そんななか舞い込んだ、この数年間で一番大きな仕事。言われた通りに本にすれば、数ヶ月分の給料以上支払ってもらえた。なのにどうしても出すべき内容ではない気がして、もっと違う視点で書いて欲しくて何度も話し合いを重ね。

そうこうするうち、その方の意識が変わり、それまでの苦しみを本にするよりも、外に出て学び、人と出会ってみることにすると。もう少し違う視点を持ち、毎日を自分のために過ごしてみたり、忘れ物を探してみると仰って。

それはそれでとてもホッとしたものの、わたしの仕事は消滅。

これでよかった、本当にありがとう。

と、何度も言われたものの、商売気からズレてる自分に激しく落ち込む部分も。何のためにやってるんだか意味がわからん。そんな自分に腹がたつやら。

その案件が消えると同時に、

年始からの忙しさがフッとやみ。

すると、

ソファから立ち上がれない、

ただただ眠い、何も覚えていられない、

怠くてたまらない、

ってな状態になり。

心は元気なのに、体が言うことを聞かない。

燃え尽きただけでもない、あれ更年期かな?と。

とりあえず焦らず騒がず冷静に、

ただやり過ごしてみることに。

雪まつりの打ち上げもメンバーに謝り、延期して。

すると、数日後。

玄関先にプレゼントが。

開けてみると、桜の入浴剤。

そしてリラックス効果のあるアロマスプレー。

短い手紙が添えられていました。

今は人に会う気分じゃないかもしれないから、

黙って置いていくね。

たまには無理せず休んで。

雪まつりのメンバーからでした。

そのメモを見た途端、胸がいっぱいになり。

そんなつもりでなかったのにな。

でもやっぱり、空になっていたのかな。

そんな自分だったら嫌だなとか思いつつ、

ただただ人の心からの思いやりにも打たれ、

ネジが巻かれ。

少しずつ、また動けるように。

その日から毎日、

何かしら人の優しさに触れている。

頑張れよ、まるで励まされてるみたい。

沢に案内してくれた、男鹿のご夫妻。

長女と次女を楽しませてくれて、

それを見て笑ってるわたしの顔が

今年いちばんの宝物だと言ってくれました。

親しい友達たちからも心からの依頼。

そんな風にこころの近くに置いてくれて

感謝しかない。それが次へのヒント。お前は人を感動させることができるのか?と。

まだまだやることは沢山ある。

子供達に教え伝えなきゃいけないことも。

わたし自身も気づいてない力だってあるかもしれない。長いこと人からどう思われるかだけを主軸に生きてきた頃に培えなかった力が。

まだまだ成長できるということを子供達に見せなきゃいけない。お母さん、大して優しい性格でもないし、強くもない、自分勝手な母だけど、あんたたちにそれぐらいしかできないから。

だから、身体も大事に。

まだまだ、これからだ。まだ大事なピース足りてない。多分それは好きってこと。◯◯バカ、そんな風な何か。

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069/365 the change of life

https://www.youtube.com/watch?v=ntXwms1YXOs&feature=

最近、社名が長いってんで、

ヒストリー伊藤と呼ばれるようになった伊藤です!

急に遠い目になりますが、むかし

おばあちゃんが紙をめくる時、

指をなめるのが不思議でならなかったのですが。

スーパーで買ったものを入れる際、

ビニール袋が開きやしねえ…。

愕然とするほどに、指に潤いが、ない。

あれですよ、紙一枚まともに持って歩けない。

油断するとヒラヒラ落ちていく。

昔はそんなことなかっただろ?

そんな感じでね。

ここ二週間ですかね。

作業してても30分持たず。

気づけば寝てる。

心は元気なのに、身体が動かない。

考えも整理できない、

やること山積み、

でも焦りすらどこかへ。

自律神経失調症らしいです。

早い話が更年期だしょ。

おお、きたか!

と、むしろ面白がってますが。

どうしたら少しでもシャキッとするのか、

色々と試したんです。

早めに寝る。

これは効果ありました。

が、それでもやはり眠い!

気づけば夕方、ソファで爆睡。

まるで、妊婦の時のようです。

続いてカラオケ。

これは気分はとても良かった。

いつも凹んだ時には有効な手段。

でも、更年期には効かなかった。

では、、と、友達と話す。

普段より人の気持ちがわかり、

深い話もかなりしたのに、

わたしの更年期には効かないよう。

じゃあ、どうしたら?

と、途方にくれて、体に聞いてみたら。

とにかくくたびれた…と。

それで、リンパマッサージのよっちゃん先生の所に行きました。ボロボロなんでお任せコースで。

そしたら脚と胸腺、頭にかけてのマッサージをプラスしてくれて。この歳になると人からいたわりを持って触れられることもないので、かすかに泣けてくる。

なんだかねー。

なんて思ってたら、二重あごが消えていた!

おそるべし、よっちゃん先生!

それで、ちょっとげんきになったら身体が

果物が食べたい…と!

やっとサインが。

それでスーパー走って果物買って、

食べたんです。色とりどりの。

そしたらバーっと世界が変わって行った。

色のない世界が色付きに。

結局、酸化してたんかい!

まあ、そうでしょうねー。

高いからって果物避けてた…貧乏人。

フレッシュにならないとねー!

そしてね、歌うような気持ちで生きたいっすね。

更年期、調べてみたら

the change of life

とも言うらしい。

そう言い始めたの誰なんだろ。

泣ける。素敵(^^)

追伸、

よっちゃん先生のセラピールームは八橋です。

セラピーきららで検索!

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056/365 きた道、行く道

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近所のお宅に呼ばれてお邪魔してきました。

車庫の二階に隠れ家みたいなダイニングキッチン。

南に向いた窓が大きくて明るくて、桜の木に止まり木が2つ。

1970年代から続く数十枚の家族写真の年賀状。

壁一面に貼られたそれを一枚一枚、見つめてしまった。

実家に送ってたものを回収してきたの。

そしたらなんとなく飾りたくなって…と奥様。

ちっちゃかった二人のお子さんも、今ではお母さんだったり、都会からかえってこなかったり。

夫婦の間にはいつのまにか犬が二匹になり…そしてその犬も途中でいなくなり…。なんてのを見てた。

珈琲と、奥様お手製の酒粕チーズケーキをご馳走になりながら、旦那様が撮っているお花の写真を拝見した。山でなければ出逢えない花たち。綺麗な力強い黄色の花の写真が目に止まった。これは福寿草ですか?と聞くと、旦那様が嬉しそうに答える。

うん、男鹿の。

男鹿の方から聞いたばかりだった。

昔は沢山あった福寿草が、誰かがゴッソリ取りに来て道の駅で売られているんだと。その男鹿の方のおうちでは、自給自足に近い生活をしていて忙しく、楽しみといえば山の中の花だらけの場所に行くことが、家族の何よりの楽しみだったそう。温泉やレジャーよりもずっと心が満足した、どこもかしこも花だらけの一画。が、そこがいまはつるだらけの雑木林に…、そんな話を聞いたばかりだった。

近所のご夫婦から、また違うアルバムを手渡された。我が家の珍客というタイトル。窓から見える止まり木にやってくる鳥の写真だった。

ウソ、セキレイ、モズ…あとなんだっけな。

思いの外いろんな種類!びっくりした。

この辺にこんなにたくさんの種類の鳥がいるなんて!

そのご夫婦はファミリーサポートに登録していると話してくれた。10年近く、小さなお子さんを預かって、近所のママや子供達と仲良くなってきたんだと話してくれた。そのアルバムも拝見。自分の孫のように嬉しそうに話すお二人。転勤族のお子さんを預かることが多く、もう各地に帰ってしまったお子さんの年賀状や写真をこんな風に大事にしてるなんて。。。

思い出産業の隙間で生きてるわたしにとっては、幸せな出来事だった。

ひとしきりお話しして、新しいお茶を入れてくださったあと、奥様は言った。

わたしはね、そのファミリーサポートでいただいたお金、いつも使えなくてね。長年働いてきたから幸い生活はできているし。だからいつもコレだ!という場所を見つけては寄付してるの。

それでね、今年は雪まつりの資金がないと聞いたから、これをあなたに預けます。その代わりあと数年は頑張って継続して(^^)

渡された封筒には数万円入っていた。

どうしてですか?

と聞くと、

わたしはね、子供の頃学ぶことが好きで、本当なら大学行きたかった。でもうちはそんな余裕なかったし、女だし、当たり前のように就職した。出来ること精一杯やってきたから、幸せなことに特に恨みも後悔もなくてね。だからあしなが育英会とかね、自分じゃなくて誰かが進学する何かの足しになればいいなって思って、子供が巣立ってからはずっと寄付をしてきたの。

そしたらあなたが資金なくてワタワタしてて、そうだ!自分の地元を応援すればいいじゃないって思ったの。子供たちのあの楽しそうな顔、来年も見せて。出来ることなら何でも応援するから。

雪が降りしきる中、何度も頭を下げて帰ってきた。

封筒握りしめて歩いて帰る道々、建て替えのため父と母が我が家で暮らしたこの半年のことを思った。

子供の頃、お前は女でくれてやる娘だからお金は出せない。と言われて育った。弟は長男だからお金をかける。でもお前は人にあげる娘だから。

バイト代でいける専門学校を選び、免許も親と折半、なのに唯一未来に繋げたくて好きだったバンド活動も、連絡の電話を取りつがないなど、忘れていたような恨みが沸いてきて、弱った父と老いて甘えを見せる母に複雑な思いが…。

折しも自分は長女の仕送りや学費を稼ぐのに尋常じゃないほど忙しく、、、自分がきらいになるほど、忘れたはずの何かが蘇り…。苦しかった。

あの頃は大変だったんだ、だからあんたに我慢してもらうしかなかったんだ。わたしだって親にそうされてきたし。でもそのおかげでうちは借金もなく息子も立派になった。と、母。

小学校のとき、内職の刺繍手伝ってた。

中学校は地図の色ぬりのバイト。

高校はパン工場と郵便局。

専門学校はお弁当屋さんと酒屋さんと雑貨屋さん。

それでも母にとっては扱いづらい存在として、家族の中では厄介者扱い。

すれ違うから喧嘩、喧嘩、喧嘩。

でも本当はそんなに悪い子じゃなかったんじゃない?

お母さん。わたしのこと本当に真っ直ぐ見てた?

…なんて。

もう言っても仕方ないことが沸いた。

でも父と母が引っ越して行ったらまた消えた。。。

あったかい新しい家で父と母が暮らせることが有難いと自然に思える自分に。気持ちなんてそんなもんだ。

お母さんがお母さんなりにきた道。

これからわたしが行く道。

違って当然。もう自分の人生は自分で選べるんだよ

自分が経験できなかった可能性を、誰かに贈りたい。

奥様はそう言った。

孤独なお母さんたちのことも、

この町の子どもたちのことも、

今よりは少し環境を豊かにできたらいいね、と。

応援するから一緒にやろうって。

今きてる子どもたちとも野菜作りしてるし、何かしら力になれると思うよ、と。

小さい頃から見たかったのはそれだ。

しみじみと嬉しかったから、なおさら。

一つ一つ形にしていこう。

声かけるのを恐れずに。

自分がやりたいことではなくて、

いま時代が、町が無意識に求めてることを。

奥様の作った干し柿

今まで食べた中で一番美味しかった。

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053/365 私、お母さんだから。

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雪まつり

 

今年もやるかやらないか迷っていた時、

顔見知りのママが言いました。

「迷惑ってかけちゃいけないもんなのかな?」

 

子供の部活での話で。

 

もちろんウチんちの子が

いつも迷惑かけてるのはわかってる。

だけど、全体的に常につきまとう、

人に迷惑かけちゃいけない!

なにも言われないようにしよう!

誰からも嫌われないようにしよう!

そこだけしかない感じが…苦しい。

だからママ友恐怖症になりそうだった。

でも、この町内の人たちは違うね。。。

 

と。

 

で、雪まつり

 

仕事も詰まっていて、悩み事もあったし、

私も人に迷惑かけるのが怖くて迷ってたし、

やらない理由を探していた。

けど、それを聞いたらそんなわけにはいかなくなった。

 

近所のおばさんが自宅で自死した時、決めたのだった。

誰かが声をかけられる町内になるように、

自分にできること少しでもするんだと。

そして次女のような、

個性豊かな子でも居場所がある町内に。

子供達がいつかどこかに散らばってしまっても、

そのエッセンスだけは覚えていて、

何かの時にその精神が花開くことを願ったのだ。

どこのどいつだった?

やっぱり、やらなきゃ。

 

そこからわずかな日数で、本一冊分入稿と並行して、

いろんな人に相談し、チラシを子供会全戸に手配りし、、、

1人でもやってみせる!と思ったら、

全然できなくて結局、

いろんな人の知恵、助け、アイデア、労力、

お借りしまくりでやっとこさ。

 

なかでも本当に力になってくれたのは、

一番頼みづらい横の世代のママたち。

1人は限界がある。

でも力あわせたらすぐ解決。

ほんとに涙出た。

ありがたかった。

 

長女の時の子育てはさんざんで、ママ友1人もできず。

いや、そんなこと言ったら怒られるかな…

あまりに孤立することが重なったので、

心開かなかったのは私の方で、

中には親しくなろうとしてくれる人もいた。

でも、つるむ人たちを見下すことで自分を保っていた。

 

まず、最初に躓いた。

子供の病室が同じだった方々と、

退院後も交流があったのだけど、

お家に呼ばれた時、私だけが職場復帰していた。

主催の子のおかあさんは本当は働いていたのに、

子供を産んで社に戻ったらリストラされてしまった。

そのことが整理つかなかったんだと思う。

 

わたしは、あなたみたいに働くお母さんより、

毎日子供のそばにいる母親の方が

ずっと子供の為にいいと思う!

わたしの方がずっと子供にとっていい母親だと思う!

やっぱりね。親から離れてると乱暴っていうか。

 

私は私で子供のそばにいたいのに、

生活の為働かざるを得なくて悩んでいたのに、

毎朝、保育園前で私の手を握る長女の手が

緊張なのか?冷たくなるので泣けてくるのに、

パーティ主催のママにはそう見えなかったのだろう。

 

彼女は、よそのママにも同意を求めた。

その姿を見て頭の中が真っ白になって帰ってきた。

残業につぐ残業の日々で、やっと取れた休みだった。

 

 

近所でも似たようなものだった。

毎日、朝から夕方まで一緒に子供を遊ばせてる

ママ達の輪には当然入れず、

たまに早く帰宅して話しかけようとすると

皆んなパーっと散っていく。

それが夕方だからか、自分のせいなのか危ういところ。

だって話が弾んで遅くなることもあるようだから。

 

ある日、

早く家に入って2人で遊ぼうと思い帰宅すると、

おばあちゃんに預けていた長女がまだ友達たちと遊んでいた。

傍らにはそれぞれのお母さんたち。

友達の輪の中に入ってる長女の名を

離れたところから呼んだ。

どうせ風も強くて皆んなもう家に帰り始めてる。

自分が来たからとは、なるべく思わないように、

気にしないように。。。

 

すると1人のママがやってきて叫んだ。

子供がかわいそう!

なんで面倒見てあげないの?

早く帰ってきた日ぐらい、

少しは遊んであげたら????

 

 

その頃、おそらくわたしの知らないところで、

彼女はうちの長女にいつも愛情をくれてたんだと思う。

不憫な子として。

そして長女の中での愛情不足を感じ取ってたんだと思う。

あるいは、いつもお世話になって💦

とか、もっともっと沢山言うべきだったのかも。

でも何も言わせない言い方に

なんとも言えない気持ちになった。

ワタシハアナタヲオカアサントシテミトメナイ!

それが突き刺さった。

ああ、ずっとそう思ってたのか。。。

 

 

朝から晩までクタクタに働き、

それでも1人しか働いてない

あなたのオタクより月収は少なく、

そこまで言われても、

私はどうすればいい?

もう何も出てこない。

カスカスだよ。

 

 

その夜、彼女から電話があった。

人の家のことなのに言いすぎたと彼女は言った。

余計なお世話だった、と。

 

そこじゃないな。と思った。

わたしは言った。

 

こないだ、、

あなたの旦那さんと話した時にこう言ってたよ。

おれは、妻と子供達守る為に

好きでもない仕事を頑張ってるんだ!って。

今の仕事は給料がいいから。

家族のためなら頑張れるって、嬉しそうに言ってたよ。

羨ましいなって思った。

うちは私も頑張らないといけないから、

子供と離れてるの辛いけど、そうするしかないから。

私が楽しそうに見えるかもしれないけど、

あなたが思う通りではない。

仕事だからちゃんとやるしかないだけだよ。

 

彼女は少し黙って、ごめんなさいと言った。 

そこから、彼女と数年話さなかった。

でも会うと彼女の方からきちんと会釈してきた。

心の中で責められて表面はなんでもないふりしてた頃の方が

まだマシな気持ちだった。

わたしはママ友作りを諦めた。

1人でいることに決めた。

 

そこから10年。

今じゃ、次女の周りは働くお母さんだらけ。

時々、そんなお母さん達の本音を聞いたり、

子供さん預かったり。

引きこもりも経て、V字回復のいま。

あの経験は一体なんだったのだろう?と思う時がある。

いや、今も決していいことばかりじゃないけど。

 

 

この10年、人生の横っちょで出逢った

不思議な不思議な人達、優しい人達のおかげで、

友達は作るものではなくて、

その人の本質的なものを自分がちゃんと感じられるか?

だと思うようになった。

仲良しこよしでなくてもいい。

いつも同意見でなくてもいい。

嫌われたからといって、

相手も自分も全てが悪い人でもない。

合う人も合わない人も、

良いところは良いままで。

自分の都合の良いようにジャッジしてる暇があったら、

その分、逆に自分の本質を考える。

どこの部分なら人からの信頼に値するか。

全部は無理でも。

 

私は先に立って何かやるタイプでは決してない。

能力的に無理だ。

ただ消してはいけないものを見つけた時に、

気づかなかったふりはできない。

前はよくしていた。めんどくさいから。

でもそれでよく後悔した。

 

とりあえず動く。

私にはそんぐらいしかできない。

大嫌いな大嫌いな地元だったのに。

でもそこだけ必死にやってたら、

私よりもっと知らんぷりできない人が現れて、

それに触発されて

動かずにはいられない人も出てきて、

楽しみ始める人も出てきて、

救われる人も出てきて。

巻き込んでいるとも言える。

だけど反省はない。

 

みんなが出来ることを持ち寄って、

違うもの同士、場を作っていけたらいい。

そして広がっていけばいい。

みんなも頷いていた。

同じメンバーだけでいつもこうしていくのではなく、

自然に自然に輪が広がっていくように、

もっともっと見事に楽しんでいかなければ。

 

 

雪まつり後の打ち上げで飲みながら、

そんな話をお母さん同士でしていた。

それが何より嬉しかった。

段取りの悪さを反省しなさい、

これから同じこと繰り返すな!と怒られたけど。

それすらも嬉しかった。

もうみんなが来年の話をしているんだもん。

 

長女を産んでから20年間、

母ってなんだと答えを探していた。

が、帰り道、もうそのことは終わった気がした。

 

 

とりあえず人と力を合わせられる人間になる。

ここからは、それが目標。

何かあったら助けられ、助けにゆく、

そんな循環ができる人間になることが目標。

 

私もあなたもそこに居ていいのだと、

思えるような、思わせるような

そんな人間になることが目標。

 

 

045/365 老いとか、遅い気づきとか。

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トラウトステージ、今年で発売して11年です!

つい先ほど全て校了、入稿しました。

年々しんどさが増して行く…

なにせ徹夜ができなくなってきて、

イデアも枯渇…萎える。

…と思っているのは自分だけ。

少し前の自分のレイアウトを見てみたら、

デザインするぞ!って気持ちが前のめり。

自分が何とかしてやる!って気持ちが強かった…

もうへこたれてそんな元気なく、

全体のバランスや担当さんの気持ちに沿って作業してみたら、担当さんの写真がとても生きて見えた!今まで 年下の担当さんのこと信頼してなかったのか、追い越されちゃったのか、大したことない自分に気づきたくなかったのか、自分しか見えてなかったのか。

調和を考えるようになったとも言うか。

 

遅いけど成長したのか。老いなのか。

わかりませんが。

No.11にしてまた新たな一歩です!

 

 

そゆことにしておきます!

それにしても、なんとなく私、

去年まで通ったことが通らない。

私が!ではない。

相手が欲しいものをキチンと提供できる?

そこだけを問われるようになってきた。

その代わりお金や責任もついてきたりも。

だから出来ないことを見極める必要もあったり。

自信ないけど頑張る!挑戦!よりも、

確実に出来ること!あたりまえなんですけどね。

この数年がボーナスタイムだっただけだと思う。

違うシーズンにはいってきたんだなあって

気を引き締めつつ。

 

 

そんな中、最近思っていたのは、、、

自分が起業で突き抜けてないうちに、

同じように苦労してる方に出会い、

手伝いたくなってしまったこと。

気持ちもよくわかるし、

支えあえたらいいと思い、

相談にのり意見を交わし、

自分のことのように考えた。

でもそれは間違いでした。

自分のことから目をそらしてたんでした。

人のことだから怖さがなく口に出せる、

励ませる、アドバイスできる。

でも本当は自分がそれできてない。

それなのに相手をそんな風に仕上げようたって。

 無意識だったけど、誰かにかわりにやってもらって

勇気出そうとしてたのかな。

それだけじゃなく本当に応援してたんだけれど。

でも結局は、自分が経験してないことは

誰にも何も分けてあげられないんだなって、

痛感しました。それは期待になったり、

重いものにもなってしまうと知った。

で、そういう時ってやっぱり上手くいかない。

 

だからね、いま猛烈に頑張っています。

自分がやるということ。経験してないことは

知識があっても差し出さないということ。

その代わりに、本当にそこから脱却して

自分なりの答えを見つけたことに関しては、

自分の経験談としてちゃんと伝える。

でもそれも100あるうちの一つの形でしかないってことも。

 

てな訳で、少しいつもの巣からも離れて勉強中。

かといって孤軍奮闘でもなく、、、

 

17日、町内の大人と子供を結ぶキャンドルナイトをやります。

1回目は何もわからないから無我夢中でやれたけど、

2回目の今回はやるかやらないか、

周囲を考え過ぎてスタードダッシュ遅し。

誰も集まらないかなと覚悟してたけど

結局、思ったよりずっとたくさんの人たちが手を貸してくれた。

去年の今頃を思えば予想もつかなかった

横側の仲間たちとも協力体制を組めて、

本音を吐かせてもらったり、知恵をもらったり。

信じられない流れです。

自分の熱さが空回りしていると思ったら、

もっと熱い人が現れて目が覚めたり、

水かけられて冷え込んだり、

また人から熱をもらったり。

そういう色々こそが幸せなんだと思って。

そうやって向かってることだけで十分なのだと。

私だって誰かのまっすぐな姿に

勇気もらったりするのだから。

 

とりあえず今は己に邁進。

与えられた仕事を、求められてる状態で納品!

とかいって、ほんの少し滲み出ちゃう何かは

一生涯、大事にしたい。

ほんの少しで済むかわからないけど。

お金になる仕事と、そうじゃない仕事を通して

耕されまくりの毎日。

自分の考えだけが正解でないことも、

相手の現状を想像しながら話すということも、

優しいだけがいいということではないことも、

色々、色々と思うようにいかない毎日だけど

たくさん感じながら、

大事なことは忘れないように特訓中。

 

けど17日は暴風雪?

なんとかならないかな。

神様、お願いします!

子供達と笑いたい!

 

 

039/365 恵の子

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台湾で地震がありました。

日本だって火山が、大雪が。

それからタンカーの爆発事故。

種子法。

蜂が全国で死んでいること。

気づいてないだけで加速度上げながら、

世界でいろんなこと起きてるかもね。

 

 

あほな小学3年生だって色々考えてつなげたみたいです。

いただきもののチョコケーキ食べながら、

「お母さん、もしかして地球はもうすぐ終わるの?」と。

いや終わりやしないだろうけど、

生き物は死ぬかもね。

ポールシフトあるし…。

逃げられる人は火星に行くんじゃないの?

 

もしかしてお母さん、無限ループなの?

もしかしてお母さん、またわたしたちは原始時代からやり直しなの?

そしてまた戦争して、原発は爆発して、火山が爆発して…

また原始時代に戻るの?

 

そうかもね。

そうかもねえ…。

そうかもしれないねえ。

 

涙目になって見つめられました。

いや、すんません。

こんな母で。

 

 

いや、わかんないけどね…。

わかんないけどとりあえず出かけるぞ。

 

と、ピアノ行くために車のったら、あほな小学生はもう忘れたようだった。

 

そうさ、忘れてしまいなさい。

 

運転しながら思う。

いつも目の前や自分の周囲のことだけしか見てなくて、

自分について悩んだり、人とのかかわりに悩んだりしてたけど、

ここ数年で視点が変わったのか、

もっと違うものが目に入るようになってきて。

ニュースやSNSのなか、流れる「喜怒哀楽」、

自分に向かってくる出来事もすべて現象。

そんな風に感じるようになって、そこにとどまらなくなった。

それよりも世界がどこかに向かって動いていく感覚。

不思議な仕方なさ。みんなの余裕のなさ。

だからこそ叫ぶ人もいれば、ぬくもりを産もうとする人も。

自分が時代にまったくフィットしてないのも感じる。

コメンテーターたちがいう言葉、風潮が

自分の意見とは正反対のことが増えてきて、

同調圧力のようなものに辟易する。

本当のことよりもっと手前で大騒ぎしているみたいな気持ちがする。

これが加齢なのかな…。

 

 

 

窓の外を珍しく静かに見つめていた小学生、

実は忘れてなかった。

 

「お母さん、生まれ変わったらまた会いたいね」

そうだねえ。

お母さん、今度はあんたの娘がいいなあ。

生まれ変わってもまた一緒にいたいなあ。

どんなに離れても見つけてくださいね。

 

でも、

 

今は、だから精一杯いのちを生きてくれ。

いいことも悪いことも夢中で受け止めて生きてくれ。

喜びも悲しみも怒りも絶望も全部味わってくれ。

きっと愛に続くから。

 

どんな思いも出来事もみんな、恵みなんだ。

 

でも死にたくねーな。

やっぱり死ぬの怖い。

 

そのとき後悔しないように、何を大事にするかだよ。

パソコン、スマホの画面みてばっかりな場合じゃないね。

毎日毎日、やさしい気持ちで生きられたらいい。

すべての時間、すべての景色、すべての出来事、すべての人に

出会ってくれてありがとうという気持ちで生きられたらいい。

わたしもう出家したい。

瀬戸内寂聴に会いたい。

いや岡本太郎に会いたい。

 

なんてね。

 

仕事がんばろ。

がんばるよ。坂本龍一聴きながら。

 

終わったら、子供たちと遊ぼう。

げらげら笑うんだ。

 

 

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